仮面の苦しみ
中学の頃、仮面主義の本を読んだ。
状況に応じた仮面を人はかぶり、その役を演じる。
なぜか、ひどく共感し、僕は右手(アクティブ)と左手(クール)に仮面をつくった。
状況に応じた手を顔に当て、仮面をかぶってきた。
なぜ、そんなことをしていたのか?
今なら少し判る気がする。
いじめられっこだった僕は、そんな自分が嫌いだった。
だから、強く激しい自分と冷静で知的な自分に憧れた。
その頃の自分が、夢の中で問いかける。
何をしゃべっているのかは分からない。
ただひたすら、悲しみがあふれてくる。
いくら泣いても、何も変わることのない日々。
自分が変わらなければならないのか?
そんなに自分が悪いことをしてきたか?
いろいろな体の痛みとともに、疑問符ばかり投げかけ、悲運を嘆く仮面は、
今剥がすことができそうにない。
今日も眼と耳が酷く痛む。
梅雨だというのに、広がる青空が、余計に罪悪感をかき立てる。
いつか僕にも安息の日が来るのだろうか?
今はただ、痛みに耐え、心を凍らせて、生きていくしかない。
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